大和ハウス工業株式会社 霧島高千穂リゾートランドのサイトに、カゴシマライフネットが紹介されています。
近くから見る桜島・錦江湾も素敵ですが、遠く霧島から眺めるソレは、なんというのでしょう、素晴しく幻想的。現実の風景とは思えぬほどのキレイさです。霧島は、鹿児島市とはまた違う魅力に溢れています。
僕も霧島市の住民。鹿児島へ移住を検討される際は、ぜひ霧島市も候補に入れて頂きたいです。
大和ハウス工業株式会社 霧島高千穂リゾートランドのサイトに、カゴシマライフネットが紹介されています。
近くから見る桜島・錦江湾も素敵ですが、遠く霧島から眺めるソレは、なんというのでしょう、素晴しく幻想的。現実の風景とは思えぬほどのキレイさです。霧島は、鹿児島市とはまた違う魅力に溢れています。
僕も霧島市の住民。鹿児島へ移住を検討される際は、ぜひ霧島市も候補に入れて頂きたいです。
行ってきました鹿屋市柳谷地区、通称 やねだん。
人口300人、4割以上が65歳以上、昨年は3,000人以上もの人たちが視察に訪れた集落。
3月20日、春分の日。ぽかぽか陽気。僕らも、モクレンや桜の花が咲くなか、バスに乗り3時間、途中サービスエリアで休憩したりしながら、遠足さながらに、やねだんへお邪魔した。(参加者は、現地集合の人たちも含めて41名)
やねだんの視察は、何が起こるかワカラナイ。
広場の噴水を修理に来ていた親子のお話、通りすがりのおじいさまによる万歳三唱、集落に移住してきた芸術家、自治会長の元教え子によるスピーチ。
偶然と地域資源(人材を含む)をフル活用したライブ感たっぷりの視察。まるで演出家であり、まるで役者のような自治会長 豊重さんに導かれながら、僕らは”やねだん”を味わう。
決して偶然だけでは生まれない手の込んだストーリーと感動。やねだんは、それに溢れてた。住民は、毎日これを味わい、毎日これを創り、生きている。
行政には頼らない。助成金に頼っていたのでは、感動は無い。みんなの発想を発揮する場が無くなる。けれどもお金は必要だ。だから皆で稼ぐ。その潔くストレートな発想と、たくましさが、僕は好きだ。
豊重さんは、常に、僕らのことを、次代をリードする存在として扱ってくれているようだった。僕らの”スイッチ”をONにするため、何度も何度も、さまざまな角度から、投げてくれた。その気持ちがありがたい。
僕の”スイッチ”がONになった言葉や出来事を、忘れぬうちに、書き留めておきます。
人には気持ちの浮き沈みがある。”スイッチ”は必ずOFFになるもの。
自分たちも、誰かの”スイッチ”をONにする存在でありたいものだね。
新潟のジョニー(と呼んだことはないけど)が、書いてた塾の鉄則。
あるところに生徒が2人しかいなくて、
悩んでいる塾長がいました。どうやって生徒を集めたらいいのだろう?鉄則はひとつです。
今いる生徒を学年一番にすること。
関わる人たちへの感謝。そうした気持ちを込められる、僕にとっては好ましい戦略。
ジョニー(と次は呼んでみよう)の熱い気持ちと、その存在には、いつも感化されます。
僕も、関わる人たちへ、あらんかぎりのものを提供して、結果を出そう。
EmoKagoと、それ以外の事業との切り分け、注力する方向も、自分のなかではまとまってきた。
あとは、それぞれ、カタチにします。
週末、産業クロスリンクin奄美に参加するため、奄美大島へ行って来ました。
奄美の環境産業に関心があり、奄美環境・リサイクル関連商品を取り扱いたいという島外企業と地元商品を島外に販路拡大したい奄美企業とのマッチング及び自社の技術力を活用して奄美地域で環境関連事業展開をしたいという島外企業と新たな事業展開を考えているが課題が多く、島外企業の技術力を取り入れたい奄美企業とのビジネスマッチングを行う。
「産官学連携」、いままでの僕は、その言葉にあまり良いイメージを持てなかった。けれども島での経験が、それを変えてくれました。
それぞれが、立場の特徴を活かして、身軽に動いてる。
お互いがその「連携」から何を得ようとしているのか。それが明確に表れてる。
稀に見る連携。
見ていて気持ち良かったです。勉強にもなりました。
僕の家の近くに、日本一のバリスタが居るヴォアラ珈琲があります。
お店で飲むコーヒーは驚くほどおいしく、店員さんも優しい、素敵なお店です。
「JBC2008」大会結果! 今回で2回目の日本一。
日本一になったり、世界を目指したり、そういう人たちが近くに居ることは、ワクワクするし、誇らしい。僕らも頑張ろうぜという気にさせられます。
自分は、どういう状況に身を置きたいのだろう。
最近、それをイメージしている。
Web業界に入りたての頃の僕は、いま振り返れば、理想の場所に身を置いていた。
ホンモノの世界は広いから、自分の理想なんかより「良い環境」というのは存在しただろう。けど、あの場所は、かけがえがない。
そこに集まるメンバーは、皆、自分の技にプライドを持ってた。
日々新しい技術を開発したり、身につけたりしては、誰も頼みはしないのに、それを披露する。そして、気兼ねなく、賞賛したり、けなしたり。
披露される技の中には、すでにどこかの誰かが知っている技術もあったろう。けど、本当に世界で一番だったこともあったかも知れない。その部屋の空気がたまらなく好きだった。
自分が今も身を置きたいのは、そういう場所だな。張り合いある仲間たちと、刺激し合う日々。そういうのを求めてる。
鹿児島に居て、そんな状況はつくれるのだろうか?地元でWebの仕事をしてる人たちのサイトを見たり、大学で学んでる子たちのサイトを見たら、そいういう疑問は湧く。
けど、たぶん、居るんだろうな。
いまはどこに居るのかワカラナイその人たちに見つけてもらえるよう、旗を立てたり、目印をつけたり。僕は、そういうことを、試行錯誤してゆきます。
お金持ちになったら寄付しよう。以前の僕は、そう考えていた。
けど、数年前、ある本を読んで、その考えは変わった。
寄付したいなら、すればいい。始めれば、毎月寄付していても暮らせる自分になれる。
いまよりもっともっとお金に縁の無かった僕には、半分、もしくはそれ以上、疑う気持ちがあったかも知れない。
けれども、妻と相談して、毎月一定額、寄付することを決めた。
余裕はもちろん無いのだけれど、僕たちは暮らしていけた(妻のおかげ)。
そして、にわかには信じがたいだろうけど、単なる偶然の可能性もあるけど、その後、僕たちは、寄付をしていても、貯金は少ないものの、少しの余裕を感じながら暮らせるようになり、寄付を増額するようになった。
「お金が貯まったら」 と言っていたら、僕らは、今だに寄付していなかったかも。
そこで実感したことは、学んだことは、大きかった。
僕らは、始めるための条件をすでに持っている。
もちろん、十分な環境が整っているとは限らない。成功する可能性が低かったり、いま始めるのは無茶だったりするかも知れない。
そして、「お金が貯まったら」、「時間ができたら」、「やりたいことを見つけたら、「○○が××したら」、と言っている限りは、わかりづらい。
また、始めるとき、「抵抗」が無いことは、たぶん無い。自分の中に、もしくは、誰かの体を借りて、否定の声は現れる。
けど、始めるための条件は整っている。